SSブログ

君が君であるために [桜田淳子]

時が戻るとは思わないし、それが正しいとも思わない。
前に進むことのみが可能な選択肢だ。

昨年暮れも押し詰まって、日本と韓国で、従軍慰安婦問題が妥結に至った。
外交決着を図ったというのが正直なところだろう。

従軍慰安婦問題は、戦争責任でも、歴史認識問題でも、人権問題でもないのではないか。

妥結という事実から、演繹的に考えれば、本当の問題点も見えてくると思う。

韓国では、大国に囲まれているという地理的要因が大きく作用する。
周辺国の戦略的な要衝ということになる。

韓国の経済面は中国への依存は否定できないが、安全保障面ではアメリカの、通貨問題では日本への依存が大きい。

中国がアジアの覇権をめざしていることは、決して悪いことではない。
しかし、そうするには、時代が進みすぎた。
第二次世界大戦の教訓は、植民地政策ではなく、民族自決を促した。
そうした自由主義的精神のもとでは、古代史的レベルの繁栄や復活を謳い上げることより、自由で対等なパートナーシップが求められるのは自明ではないだろうか。

そうした危機感を共有しつつ、昨年、環太平洋パートナーシップは締結された。

それは、くしくも中国の海洋進出を阻む形で形成された。

中国の経済減速が顕在化しつつある今、韓国政府は新たなバランスを求めるだろう。
それは、戦略防衛としての『THAAD』の導入であり、経済対策としての、『TPP』への参加であり、通貨危機への備えとしての『日韓通貨スワップ』ということになる。

アメリカの利上げなどの影響もあり、限られた選択肢の中で、従軍慰安婦問題が妥結されたとみるのが自然な流れだと思う。
韓国政府の負担が大きい妥結だったということはだれの目にも明らかだろう。

日本は、10億円負担するが、それは、『TPP』へのアドバンテージからすれば、将来的にはペイできる。

同様の流れは、台湾の総統選挙にもあてはまる。
一言で言うなら、価値観外交の勝利ということになる。

ここまで来たことに水を差すわけではないが、それは根本的な解決ではないことを記憶しておくことが大事だと思う。


慰安婦の存在を否定するものではないが、植民地の人にとって、内国人は金があり、それは、一種の羨望の対象だったことや、金銭目当ての過剰なサービスが存在したことも、台湾の国鉄に勤務した経験のある父が、戦後しばらくたって宴会の席で話していたことは記憶している。

日本が戦争に敗れ、占領下でGHQのジープに群がる子供がチョコレートを求めたことも、アメリカの基地の周囲には、家計を支えようと女性たちが集まっていたことも、生きのびるためにやむを得なかったことだと理解している。

何より、そうしたもろもろがバネになり、今の日本を作ってきたことの方が重要だと思う。

今大事なのは、事実がどうかではなく、韓国での従軍慰安婦の人たちの安らかな老後を静かに見守ることだろう。

歴史の表舞台に引きずり出した、当時のマスコミの無能さにはあきれるばかりだが、それを政治利用した団体、政治家の言行こそが否定されるべきことではないか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


最近、あるブログを読ませていただいた。
『 秀のブログ 淳子さんの講和 』と題するものだった。
Hydenoshikou.kakuren-bo.com/entry/85/

まず、この文章が東淳子さんの言葉をどこまで忠実に再現しているものかは、もちろん、私には検証することができない。
その上、敷衍することがどういう意味を持つかも考えなければならない。

『淳子さんの講演』を読み、最初戸惑ったが、背景と絡めると読み解けてきた。
それが、正しいかどうかは、将来に託さなければならないのだが、少し書いておきたいことがある。

『自らが天国をつくる者』と題するこの講演の、キーワードは『恨』ということではないだろうか。
( 恐らく、講演者はこれを『ハン』と読まれたのだと思う。)

講演者は、21年以上前のことを、許し、そして自ら謝ることにより、苦しみから解放されたと語られている。
講演者の言葉を借りれば、
『人生最大のテーマは人を許すということではないでしょうか。人を許さねば、人から許されないのです。』
  
棺の前で『来ましたよ』と優しく語りかけたのはそういうことだったのだろう。
確かにあの時の表情には、かつての面影があったし、心落ち着くものがあった。

昨年12月暮れに放送された、『伝説の芸能60年史』では、1992年当時の報道の過熱ぶりが思い起こされた。
何のために報道しているのか。


当時の芸能レポーターの述懐により、くしくも報道することが自己目的化したことがうかがえる。
報道者の反省の意味も込めて放送されたこの番組を見て、本稿を書くことにした。

この講演文を読んで思ったことは、山あり谷ありの中でも、信じる人と寄り添われたこと、心の痛みを分かち合われたこと、そして、変わってはいないこと、が嬉しく思えた。


僕が僕であるために


『ハン』はもちろん朝鮮の人にとっては、考え方の体系の中で核心的なものだということをわきまえなければならないのではないか。

日本での『ウラミ』は、晴れることはあるが、朝鮮での『ハン』にはそうなることは予定されていない。

韓国の『恨の文化』に対し、日本は『和の文化』という対比ができよう。
聖徳太子の17条の憲法の第1条がくしくもこのことを表現している。
『和を以って尊しとなす』
その時代、大陸から多くの文化が伝来したとき、考え方の防波堤にした。

私には、『恨の文化』を正しく理解することはできないが、文化の違いを誇張することなく、違いを尊重し、胸深く鎮めることができればと思う。

前出の講演において、『恨』をもつことが、苦しみの原因だったことが書かれているが、歩み寄ることによりそれは可能だと、講演で、語りたかったのだろう。そうしたことが、本部から地方に伝わり、正常化することを願うばかりである。

それこそが、『天国』つまりは隣人として住みやすくなるということなのだろう。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


今年になって『週刊現代』で、桜田淳子さんの特集など組まれた。
手にして、懐かしい写真を目にしたが、そこには淳子さんのコメントがあり、『楽』しんでと、書かれていたことが、胸に刺さった。

桜田淳子さんは、人を楽しませることが本当に好きだったんだ。

それだけに、芸能界から、身を引いた当時のことが、なおのこと思い起こされて仕方がない。

追伸  動画のUP主様に感謝します。


nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。